教養としての聖書』という本がすごく面白かったので紹介します。

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ビジネスパーソン必携! 宗教は基礎教養のひとつだが、実際に「聖書」を読み進めたことのある人はどれくらいいるだろうか。本書では、旧約聖書より創世記、出エジプト記、申命記、新約聖書よりマルコ福音書、ローマ人への手紙、ヨハネ黙示録をピックアップし、宗教社会学の大家がダイジェスト形式で解説。スラスラ読み進めることができる、画期的かつ最強の「聖書」ガイドになっている。これを読めば、聖書の中身が7割方わかる!

同じ著者の本である『ふしぎなキリスト教』も大学生の頃に読んだんですけど、こっちはさらに読みやすい構成になっていて、個人的にも興味深い内容でした。


聖書は普通の人が予備知識なしに読んでも「なるほどわからん」みたいな部分が多いので、そこから何を読み取れば良いかってことを理解するには、こういう本はかなり役に立ちますな。



そのなかでも特に印象的だった部分。
モーセは神に反論しています。抗議しています。神はえらいですけど、理屈があれば、何を言ってもいい。「神さま、なんでこうなんですか?」みたいな。これが一神教の考え方です。日本人は相手がえらいと、「ハハー」みたいになっちゃって、論争できませんね。だからビジネスの交渉でも、世界で渡り合えないんです。

相手が神でも議論するんですから、相手が人間なら、大統領だろうと、社長だろうと、そんなの目じゃない。相手の地位が高かろうと、ガンガン議論する。これが聖書を読んだ、一神教徒のやり方です。だったら日本人も、聖書を読まないでどうしますか。

これはなんとなくわかるなぁ。日本では、先生や先輩、上司など目上の人の言ったこと対して何か反論すると、だいたい問題児扱いされますからね。特に学校では完全に「優等生=先生の言うことに従う人」みたいになってます。

僕はこれまでに一神教徒の外国人と接する機会が何度もありましたが、たしかに日本人と比べて他人と議論することに対する抵抗はないんだなぁ、という感じがしました。たとえ相手が立場的に上であっても、「それっておかしくね?」と思ったら遠慮なく言います。

それが宗教の影響かどうかはわかりませんが、人間が神と議論することが普通だと考える人たちなら、たしかに人間同士で議論するのなんて何ともないでしょうね。

聖書

偉い人に何か言われたらすぐに従ってしまうような日本でも、もし一神教の価値観を刷り込ませたら、多少は議論に対する抵抗がなくなったりするんじゃないでしょうか。いやわからんけど。


議論うんぬんの話抜きにしても、教養として早いうちから聖書を読んでおくのはいいんじゃないかと。その前の入門書としても、この本はオススメできますよ。